More servicesWindows Live
HomeHotmailSpacesOneCare
 
MSN
Sign in
 
 
Spaces home  中国南昌?ん??どこだあ???中年語学留学生奮戦...PhotosProfileFriendsBlog Tools Explore the Spaces community

Blog

July 04

これで一区切り

 
私の好きな日本映画に
「喜びも悲しみも幾歳月」があります。
 
いまはもうこの職業もなくなったそうですが
灯台守の若い夫婦が日本全国北から南へ
各地の灯台で働き家族を育て
最後は結婚して夫と海外に赴任する娘を
灯台から霧笛で見送る映画です。
 
この映画は子供の頃に映画館で見ました。
初めて見た大人向きの映画でした。
もちろんその時には「ふ~ん」としか
判らなかったのですが
「おいら岬の~灯台も~り~♪」
で有名な主題歌とともに頭に残りました。
 
戦争中の苦難を夫婦で乗り越えて
夫婦のあり方、人生映画として名画ですね。
先日もテレビの名画劇場で上映され
久しぶりに見ました。
 
 
さて私のこのブログも今回の
「娘の結婚」で一区切りつけたいと思います。
 
南昌老胡のブログ名ももうふさわしくなくなりました。
ブログ内容も表題と違ってきています。
もちろん今も中国語の勉強は続け
またskypeを通じて中国人と話をしていますし
秋には台湾にも行って見たいと思っています。
ただ日常の生活をここに書くのは場違いですので
国内外の旅行日記や生活日記は
別の場所に書きたいと思います。
 
2006年9月から書き始めて10ヶ月、
今は28000ページビューで毎日訪問頂いています。
アップしていない面白写真はまだいっぱいあるのですが・・・・
 
 皆さん、どうもご愛読ありがとうございました、
掲示板などはそのまま継続しておきますので
なにかあればどうぞ書き込みをお願いします。
 
またどこかでお会いしましょう、
再見!!
 
 

33年目のダイヤモンド

 
披露宴の前々日の事です。
披露宴に参加の為に北海道から
来てくれた弟夫婦達と会食中
家内が突然「あ~あ、こんなダイヤモンドが欲しいなあ~」
と呟きました。
 
見ると布バッグの飾りに付いている
きらきら光るガラスの飾りが
スワロフスキーのようで
レストランの照明でキラキラ輝いています。
この話は隣の義妹との会話の中です。
  「小さいのはいらない、もうそれなりの歳だから見栄えのする
   大きい石が絶対いい!」
もちろん冗談半分で言っているのですが
でも半分は本音が入っているのでしょう。
家内は今までダイヤが欲しいと言ったことは一度もありませんでした。
ダイヤの婚約指輪も買っていません。
  「ダイヤにはまったく興味ないわ」
と言い続けてきましたが
ここに来てちょっと気が変わったのでしょうかね。
 
その時は笑ってごまかしましたが
  「ふ~ん、そうか・・・・」
明後日は披露宴
娘の披露宴にはめなければ意味がありません。
 
翌日、仕事中の家内にメールで聞きました。
  「指輪のサイズ、いくつ?」
  「11だけどなぜ?」
  「300万円くらいので良いかい?」
 
返事は戻って来ませんでした。
  「この忙しいのになに馬鹿なことを聞いて来るのよ」
ぐらいにしか思っていなかったと思います。
 
でも私は本気
所要で東京に行った帰りに宝飾店を回りました。
2,3軒見て回り最後にティファニーに決めました。
あまり有名でない店で安い物買って
ダイヤと信じてくれなかったら悔しいですものね。
  「立て爪の見栄えのする物」
と言うことでいくつかショーケースから出してもらい
最後は金庫の中にしまってあった物に決めました。
 
 
結婚33年目のダイヤのリング。
子供たちを立派に育てた家内への
感謝の気持ちを込めたお礼のダイヤモンドリングです。
と言ってもそんなにすごいものではありません。
無職の私でも買える分相応な物。
でも気持ちは籠もっています。
 
 
もちろん、家内はびっくりし
大喜びで翌日の披露宴に着けていきました。
 
2週間後に自宅に送られてきた鑑定書
これだけで数万円かかりそう。 
 
 
 
 
 
June 20

娘の結婚式 その2

 
「二度目の結婚式」と言うわけではありません。
5月に挙式して入籍も当日に終わりましたが
披露宴は一ヵ月後、先週の土曜日でした。
 (まるで芸能人の結婚式みたいですが)
 
実は式場の予約は1年も前だったので
その日が五月連休の振り替え出勤日になってしまい
花嫁の会社関係者を呼べないということで
披露宴は6月16日に別に行う事になりました。
 
6月の式はJUNEブライドで欧米ではいいですが
日本では梅雨時、天気がものすごく心配でした。
案の定、週間天気予報では曇り、または雨で
前前日には入梅宣言まで出る始末
 
心配して電話をかけてきた娘に
「絶対天気に成ると思いなさい」とハッパをかけ
そうしたら天気予報が雨→曇→曇時々晴れ
とどんどん変わって行き
当日は朝から雲ひとつない快晴
びっくりです、でも本当にラッキー。
 
披露宴会場は葉山の海岸沿いのレストラン
料理の鉄人石鍋シェフの店で
料理がおいしいと評判なところですが
景色も売りなので雨だったら価値が半減
また参加者も服が濡れて大変です。
でも当日はあまりに天気が良過ぎて
オープニングがテラスだったので
ジリジリ日に照らされて逆に日焼けを心配
「ああ、もっと雲が出ないかな」と
贅沢な要求が出てしまいました。
 
 
目の前が相模湾で
写真には写っていませんが
遠く江ノ島、伊豆半島、富士山が見えます。
 
 
 
参加者全員100人で風船を放しました。
時節柄、この風船は環境に影響を与えない
自然分解する風船だということです。 
 
 
宴会の最後にアトラクションで
新郎新婦から両親に対して
自分達が生まれた時の重さのプーさん人形をくれました。
娘は3200gで生まれたのですごく重い。
人形もパンパンです。
赤ん坊の時にこんなに重かったかな?
今は家族の一員になっています。
 
 
「涙にくれた花嫁の父」場面はありません。
はじめから最後まで和やかな宴でした。
でも父親としてはこれでホッとしましたよ。
May 30

ディスカバージャパン、宇部の炭鉱遺構

今から40年以上前に山口県の宇部に大きな炭鉱がありました。
宇部炭鉱の特徴は海底炭田
市内の地下全域は穴だらけらしいですが陸上を掘りつくした後
そこから瀬戸内海に向かって海底深く炭鉱が掘り進められました。
 
宇部は元炭鉱町なのにボタ山がまったく無いのが特徴
全部海岸埋め立てに使われそこは今は工業地帯です。
 
私は子供の頃の記憶にTVコマーシャルで宇部石炭のCMを
見た記憶があります。
 
 
それから美祢市の無煙炭
こちらは山口県の中央部にあり宇部ではないですが
日本で最も古い中生代の地層中に
日本で唯一の無煙炭が算出し、明治時代からの古い炭鉱
高カロリーで煙が出ないこの石炭は
かっては軍艦用に最適で大日本帝国海軍ご用達石炭でした。
1970年、今から37年前に閉山
 
今回、宇部に所要がありついでに炭鉱跡を探し回りました。
がしかし、閉山後40年以上経っていて
一日位ではほとんど見つけられませんでした。
十年前はまだ坑口遺構や炭住があったのですが
もうほとんど無いようです。
 
 
宇部常盤公園にある立坑やぐら
東見初炭鉱から移設した遺構で今はエレベータ付きの展望台、高さ37m
空港近くなので赤白に塗られているが昔は灰色だったに違いない
下は石炭記念館になっています。
 
 
長生炭鉱のピーヤー(海底炭田の空気取り入れ抗)
のどかな瀬戸内海の海岸にありますが
ここは悲しい出来事があったところ
昭和17年に出水事故が起き
強制拉致された朝鮮人を含む 
183人の犠牲者が今も海底深く眠っています。
このコンクリート構造物は60年以上も崩れずに
今も海中に立っています。
 
 
 
宇部石炭記念館
炭鉱のモデルや機械など宇部炭田の歴史が展示されている
 
水平坑用坑内機関車と人車(鉱夫が乗って採炭現場まで行く車)
 
 
炭車(石炭を運び出す車、実際の石炭はもっと大きな塊) 
 
大嶺炭鉱の露頭採掘現場跡を利用して作られた草井川ゴルフ場
もともと炭鉱夫のレジャー施設として作られたらしい。
非常に安価だったらしいが炭住が無くなった今はまったくの山の中
2003年まで存在したのが奇跡かも
 
 
石炭露頭
新開の道路切り通しに出ている石炭層です。(美祢市大嶺)
 
宇部新川駅前
十年前とほとんど変わっていない。
宇部市の中心は山陽本線の宇部駅ではなく
宇部線の宇部新川駅
これはもともと石炭搬出用路線
正面の煙突は宇部興産
昔の炭鉱跡にできた工場だ。
 
 
宇部には面白い歴史があります。
宇部では江戸時代初期頃から石炭が使われていた。
毛利藩の時代には石炭千専売局があり藩の管理であった。
瀬戸内海各地の塩田でここの石炭が使われた。
 
石炭採掘権を明治政府に取られ県外者に売られてしまいました。
そこで昔の領主、福原氏が私財を投げ打って買い戻し
地元に寄付した経緯があります。
地元は宇部共同義会を結成し炭鉱の一元管理を実施した。
また宇部はもともと村であったが石炭景気で
人口が爆発的に増え大正十年に
村から一気に市に昇格したのも珍しい事。
 
今は炭鉱時代から引き続いて宇部興産の城下町
 
日本の他の炭鉱町は北海道の夕張市は
観光事業で大失敗し破産した。
常磐炭鉱はハワイアンセンター、
九州の大牟田は遊園地で振興策を立てた。
北九州各市はこれと行った成功例がない様に思う。
その点、宇部は宇部共同義会の流れをくんだ
宇部興産が石炭や化学工業を興し
苦しいながらもなんとか体制を保っている。
 
日本の炭鉱は全滅したが
中国ではまだまだ石炭は重要な資源で
各地に大小さまざまな炭鉱がある。
但し毎年数千人の犠牲者が出ているのは
痛ましい。
 
石油が枯渇したらエネルギーや化学原料として
石炭はまだまだ頼りになるが
日本にはもう炭鉱はない。
未来はどうなるのかな??
 
 
 
 
 
May 26

ディスカバージャパン、ブルートレイン

所要があり、山口県/広島県へ旅行しました。
 
業務出張のときは飛行機か新幹線でしたが
今は急ぐ必要がまったくありません。
 
で行きはブルートレイン
 
 
東京発で東海道本線、山陽本線を通って
九州行き夜行寝台特急は
かっては東京駅15番線から何本も出て
花形列車でしたがいまや絶滅寸前
富士/はやぶさの一本だけです。
 
 
この日も乗車率は40%くらい
寝台の上段はほとんど空いていました。
向かいの寝台は新下関まで行かれるご婦人
2,3ヶ月に一回利用しているとか
ジパング利用なので切符は3割引だそうでうらやましい。
 
私がブルートレインに乗ったのは何年振りでしょうか?
十数年前、九州に住んでいた時には
子供が小さかったので新大阪まで新幹線で行き
そこで夜行寝台特急によく乗りました。
 
今は車両も古く、食堂車も無く、特別な企画も無く
線路保線状態も良いとは言えないのでよく揺れます。
料金だって夜行バスの3倍、新幹線、飛行j機と同じ
所要時間は12時間以上かかります。
 
でも列車の旅は楽しい。
JRは「寝台列車の旅」を手段ではなく目的として再考すべきですな。
「北海道行きカシオペア」は新型車両で人気があるのですから
企画次第で九州特急も必ず復活できるはず。
 
目が覚めたら目の前が瀬戸内海
上り列車なら明け方の富士山が見えるはず。
こんな良い条件なのにもったいない。
 
定刻に新山口駅に到着
私が知っている時代は小郡だったのにいつの間にか改名されていた。
広い駅、ここで降りたのは私一人!!
 
 
 
さて中国では旅行の時に夜行寝台特急をよく利用しました。
日本と中国の列車の違いを書きます。
 
列車は中国の方が広軌で大型ですが
寝た感じは変わりません。
列車の高さは中国の方が高く長さもずっと長いです。
日本は12両くらいかな、中国は25両のも
寝台の幅は日本の方が広い感じがします。
日本は2段、中国は3段
定員は日本では一両に34人、中国は75人くらいかな
大きな違いは日本の寝台にはカーテンがあり
また寝巻きが付いていることです。
このサービスはGood。
中国の硬臥(=日本のB寝台)にもカーテンは欲しいな。
 
中国では各車両に乗務員が居て
切符確認や掃除を行いますが
日本では一列車に乗務員は数人でしょうか?
まったく違います。
日本では食堂車も車内販売もありません。
このあたりを改善すれば少しは乗車率が上がる事でしょう。 
 
食堂車が無いので東京駅で駅弁を買いました。
今回選んだのはこれ
「夕刊フジ」の企画弁当。 
究極のサラリーマン弁当らしく
おかずがおつまみ形式になっています。
二段になっていてなかなか面白い弁当でした。
弁当は圧倒的に日本の勝ち!!
というか中国には「弁当文化」は無いに等しいな。
 
 
 
May 15

skype friends

最近、よくSkypeでのコンタクトを楽しんでいる。
中国語に接する機会が減ったので
それを補うのには良い方法だ。
 
でも実際は日本語を学習中の中国人に日本語で対応して
彼らの学習を助けるボランティア活動になっているが。 (汗)
 
でも彼らの日本語学習時間を聞くと大体半年から1年
短い人は二ヶ月なんていう人も
そんな短期間で電話で会話が出来るのだ、すごい語学力
 
日本人も半年英語学校にまじめに通ったら
アメリカ人と1時間でも2時間でも英語で話が出来るのだろうか?
そんな話は聞いたことがないけどなあ。
 
 
Skype名 と 略歴
   「日本語を習いたい中国人」さん :
  長春の大学2年生 男 広東出身 日語一級を目指す
 
   「lanlan4515」さん :
  湖北省人 黒龍江省で日本語、韓国語を勉強中 6月卒業  女
 
   「水露」さん :
  黒龍江省で日本語勉強中  女
 
   「Jinhongyu」さん :
  大連で日系企業事務員 女
  開設事務所なので仕事が無く暇、暇、暇だとか
 
   「魚魚」さん :
  19歳 女 日本語学習八ヶ月  税関の仕事希望
 
   「BABYIN」さん :
  台湾、日本語勉強歴半年  女
 
   「進藤」さん :
  台湾  男
 
   「Hideko」さん :
  台湾 中年主婦 日本語学習中
 
皆さんの日本語はとてもうまい
毎日30分でも自由会話をすればどんどんうまくなるだろう
僻地では学校の先生以外、日本人はいない。
そんな環境で日本語に慣れるにはskypeは非常に良い方法だ。
この技術は数年前には無かったのだから驚くべき学習環境の変化だ。
 
これを使い、自国に居ながら外国語をどんどんマスターする人が増えるだろう。
 
Please call me on Skype  PHONE
My Skype name is dalianlong01
请给我打电话on Skype,我的Skype名字是dalianlong01
 

娘の結婚

 
先週、鎌倉の鶴岡八幡宮で娘が結婚式を挙げました。
八幡宮の静御前が舞を踊ったあの歴史的な舞台が式場
当然観光客はたくさん居ます。
その衆人注目の中での結婚式でした。
 
当人達は鎌倉駅前から人力車に乗って
皆が待つ太鼓橋に登場
 
通りかかった観光客からは
「おめでとう」の掛け声がしきりにかかります。
 
控え室で親族紹介を行い
その後は神主さんの笛、太鼓、笙のライブミュージックとともに
新郎新婦を先頭に行進し舞台に上がります。
 
舞台の上では神式の手順に従い
結婚の儀が執り行われました。
巫女さんの舞いもありましたよ。
壇上では撮影禁止ですが回り360度オープンですので
外人観光客は盛んにシャッターを切ります。
こちらまで有名人になった気分ですよ。
 
紀香と陣内の生田神社挙式以来、神式結婚式が流行のようですが
今回の式場予約は1年以上も前ですから真似ではありません。
当人達が選択したものです。
 
鶴岡八幡宮で式を挙げたいと言われた時には
「ええ?あんな観光地で??」とびっくりしましたが
終わってみれば天気にも恵まれ大変良かったです。
但し衆人環視の中ですので
花嫁の父を演じること(涙を流す事)はありませんでしたよ。
 
 
今回は親族だけの内輪の挙式でしたが
式後場所を移動して会食を行いました。
双方の親族がひとつのテーブルを囲んでの会食は
披露宴とは違い有意義でした。
友人、会社関係者を招待しての披露宴は日を改めて行います。
 
当日の最後のイベントは婚姻届の提出
閉庁10分前の市役所に行って
二人は婚姻届を出しました。
 
手続きはすぐに終わるものと思っていましたが
意外と時間がかかりました。
三十数年前は私も手続きを行いましたが
どうだったかもうまったく思いだせません。
さて市役所市民課の皆さんは帰り支度していたのに
大勢で手続きを見届けに行ったので皆さんびっくり
でも30分も残業して婚姻届受領事務をしてくれました。
ありがとう、k市役所の皆さん。
  
May 08

五月晴れ

日中ともにゴールデンウイーク(黄金周)が終わりました。
皆様、有意義に過せましたでしょうか?
 
さてこのページにアクセスしてくれる
中国友人も多いので日本の五月の写真をアップします。
 
まず1200匹の鯉のぼり
相模川の恒例行事です。
 
 
 
 
 
 
 
 
こちらは同じく相模川に
江戸時代から伝わる大凧揚げ
一番大きい凧は12m角で一トン近い重さがあり100人で揚げます。
この日は午後、いい風が吹いて無事揚がりました。
(私は残念ながら日焼けを恐れた家内にせかされ帰宅してしまい
 揚がった凧は見られなかった、悔し~)
 
 
April 20

南昌八一大橋と南昌北駅廃墟

長い間、日本での話などが続いてしまい
ブログの表題と大きくかけ離れてしまいました。
 
今パソコンの再設定と撮り溜めた写真の整理を行っているので
UPし損ねた南昌の写真や江西省、中国旅行の写真や話題
掲載していきたいと思います。
 
 
 
まず八一大橋(老人さんからのリクエストに応じて書いて見ましたよ)
南昌市の西側には長江の支流、ガン河が流れている。
大河で昔はここに渡し舟があり
北から列車で来た旅客は河の向こう側で全員降ろされ
渡し舟で対岸の市街地に渡ったようだ。
その頃はまだ南昌の城壁もあり
西門から城内に入ったとの事。
 
 
その後、町の北側に鉄道道路併用橋が出来
道路専用橋も南昌大橋、八一大橋と出来やっと河向うとの
交通が便利になり
また2006年には市の南郊外に生米大橋も完成した。
 
 
この八一大橋、橋桁上部の揮毫は江沢民
八一とは言わずと知れた人民解放軍の事
八一大橋は中国各地にあるが
さすが革命勃発の地、南昌の八一となると
国家主席の揮毫になるようだ。
 
でこの橋の東側にあるのが珍しい
白と黒の猫の大きな像だ。
鄧小平の有名な改革開放の逸話
「白でも黒でもねずみを捕るなら良い猫」から来ている。
 
 
橋の西側はライオン像だ。
これもどちらかと言うと珍しい。
 
 
ここは昔の渡し舟乗り場
今はドッグになっているらしい。
 
日本ではもう絶滅した内航船も中国では健在
特に貨物船はいまでも重要な交通手段
ここから上海まで船だと4,5日かかるかな?
 
で地図を見るとこの辺りに昔の南昌北駅が有った筈
でとうとう見つけましたよ、昔の駅の廃墟
これを発見したのは2007年初めで
ちょうど駅舎解体工事中、
もう少し早く行けば立派な駅舎も見られた筈?
今はホームももう跡形もないかもね? 
 
 
 
 
 
 
昔の駅跡には文革時代の名残が見られた。
中国全土で日中戦争の弾跡を残す活動はあるが
文革の名残は徹底的に無くしているから
貴重な写真ですよ。
 
駅裏の昔の通りです。
かっては旅行客で繁盛したのでしょうが
この踏み切りに列車が通らなくなってから
何年経つのでしょう。
今は再開発でここも全面取り壊し中 
 
 
 
 
 
これは今の巨大な南昌駅
駅前広場を大改造中でしたがもう完成したかな?
 
 
 
 
 
April 07

ディスカバージャパン、お城と桜の旅

この10年、日本の春を楽しんでいない。
もちろんたまたま帰国して桜を見ることは有っても
休みではないからほんの一瞬だった。
 
で今年は思い切って桜を見る旅行に出たよ。
青春18切符、5日間全国JRの普通列車乗り放題切符を購入。
これが今年は実に8000円なのだ。
一日あたりたったの1600円
 
但し私が日本にいない間にJR線の事情が大きく変わっていた。
昔は全国津々浦々へこの切符で行けたが
今はあちこちの魅力あるローカル線が合理化で私鉄なってしまった。
しかもローカル線ばかりではない。
東北本線、信越本線などの本線と呼ばれた幹線も
線路が途切れてしまったとは(嘆息)
上越本線も上越線になってしまった。
 
さてどこに行くか?
で今回はまずオーソドックスに東海道本線で西に行き
中央本線で戻って来ることにした。
ただ乗りっ放しではでは健康によくないので
沿線のお城と桜見物をしながらの一泊二日の旅である。
 
東海道本線の旅は私の旅行の原点
一番初めの長い旅行は5歳か6歳のときに
まだ大学生の叔父に連れられて
熱海まで旅したのが最初の旅行なんです。
これ実に50年前の話
 
出発の4日は関東地方は前の晩から雨
しかも当日は予想外の雪も降ったようだが
旅行先の東海地方は快晴、
桜も関東より開花が遅くちょうど満開であった。
 
二日間で見学したお城は
駿府城、浜松城、掛川城、岡崎城、名古屋城、犬山城の6箇所
小田原城、清洲城も見学を予定していたが
どこも桜が綺麗で思わず時間がかかりやむを得ずカット
 
乗った距離は約700km(意外と短い)
普通に乗車券を買えば9870円
乗り換えは私鉄も含め20回以上
撮った写真が1000枚以上
切符以外に宿泊代などかかった費用が1万円位かな。
 
青春18切符とリュック、カメラを持ったご同輩は
各地で見かけました。(笑)
 
駿府城址公園  巽櫓
 
 
 野積みの石垣が特徴の浜松城
 
こじんまりした掛川城
 
 
 岡崎城夜景
 
 
 貫禄の名古屋城
 
国宝犬山城
 
 
March 20

帰国しました。

「チェコとオーストリアの旅」から戻ってきました。
すごく良かったですねえ
天気もこれ以上の好条件は無いという位の毎日快晴
持っていった冬支度は不要でした。
 
チェコの首都、プラハでは
王宮を中心とする歴史的地区周辺(世界遺産)の1日観光でしたが
プラハはこじんまりしていて感じが良い都市で
でも見所が多くとても1日では回りきれなかった。
 
と言うよりなぜかもう一日自由行動日が有るようなつもりで居て
「明日はこことここを見て周ろう」なんて
夕食を食べながら計画を立てていたのに
良く日程表を確認したら朝食後すぐに出発だった。
「エー!!、それじゃあもう見られないの??」
仕方がない、もう一度プラハ観光に来ましょうかね。
フリー個人旅行に慣れているので
添乗員付きのツアーはなにもしなくて楽ですが不便です。
 
中国旅行だと時差1時間だし
搭乗時間もいぜい長くても3,4時間
全く問題は起きないがヨーロッパとは8時間の時差
ただし今回は成田を朝出て一回乗換えで夜現地着
帰りは昼出発で午前成田着
タイムラグは全く起きませんでした。
 
ドイツのベルリン上空です。
 
フランクフルト空港で乗り換えてプラハに 
 
 
 
チェコではユーロは使えません、チェココロネです。
で物価はEUにくらべずっと安め
 
 
March 10

今度はヨーロッパへ旅行

明日から一週間、中欧旅行に行きますので
しばらくブログの更新はお休みします。 
家族と一緒です。
 
中国旅行では近いし現地調達を基本にしているのであまり準備しないが
今回はちょっと遠いし無駄な金もかけたくないのでいろいろ持っていくことになる。
ヨーロッパは物価が高いからね
これから旅行準備に入ります。
明日早朝、成田に向けて出発!!
 

町の歴史が終わる


明日の市町村合併で
私の住んでいる町は隣の市と合併吸収されます。
五十二年の歴史が終わります。
せっかくスモールコミュニティを目当てに
引越ししてきた場所なのに残念だな。

町を二分にして行われ
町長リコールまで起きた合併論争もこれで終わり
でもまだしこりは当分のころりそう。
私はその時中国に居ましたからまったく蚊帳の外でしたけれどね

町の歴史は52年間、
人口はここ20年ほどは2万3千人で落ち着いていました。
新市の人口は70万人。
人口70万人というと日本全国普通の県庁所在地をはるかにしのぎます。
昔からの住人は市になることに大きな期待をしていていますが
実態はよくないです。
ベッドタウンなので学校や道路などの経費ばっかりかかって財政は逼迫状態。
今まで無料だった粗大ごみも市に委託した昨年から有料になりました。

これは合併記念ビール
記念切手も出ましたよ。

March 09

桜開花予報

 
日本全国の桜開花予報が出ましたね。
この冬の気候の変調で開花が早くなるか
それとも寒い気温に会遇わなかったので例年より遅くなるか
予報も大変だったようですが結局早くなるようですねえ。
 
実はこの春、特に東北方面中心に桜を見に行く旅行を計画していました。
それでJR東日本の乗り放題パスを利用しようと
「大人の休日倶楽部、ミドル」コースに入会しました。
50歳以上で入会出来、切符が5%引きで買えますし
特に5月中旬は6000円の載り放題パスが買えます。 
でも桜の開花が早くなると5月では遅すぎ、もう葉桜かな??
旅行日程をよく吟味しないと無駄足になってしまいそう。
 
 
我が家の付近はちょっと気温が低いので
まだやっと白いこぶしが咲くかどうかのところですが
S公園では早咲きの桜が満開を過ぎ
もう若葉がたくさん芽吹いていました。
 
近所の里山も新芽が出てきて全体にモワーと成って来ました。
我が家の庭では梅がそろそろ終わり
ボケや早咲きつつじが咲き乱れています。